日本の炭鉱世界遺産

世界の炭鉱遺産を巡る旅

連載コラム「世界各地の石炭博物館めぐり」 3続長崎市内の世界遺産めぐり

長崎ん尾曲り猫「ジュッチ」ばい。長崎は梅雨も終わり本格的な夏が始まりたばいばってん、どがんお過ごしね?今日は前回紹介しきれんやった長崎郊外の施設巡りばしたかと。今回各地の友達ば訪ねるけんで、「学さるく」で同行して案内してやるから、ありがたく思おてちょ。御代は一箇所ねこ福一袋でがまんしてあげるけんね。オイはチキン味がよかけんね。おっと、あんたらは猫語がわからんやったね。ミューリンガルば標準語に設定しておかんといけんばい。猫語翻訳の気にいらんは、JR長崎駅前に「世界遺産案内所」があっけん、そちらば利用してとね。まずは高島に来るとすっけんか?

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図1長崎市世界遺産案内所

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図2ミューリンガルと池島の友猫

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図3高島位置

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図4高島内案内

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図5コバルトクイーン号

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図6北渓井坑跡

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図7グラバー別邸跡

私は人間の説明法を知らないので、観光高島ナビをそのまま写します。http://www.kanko-takashima.com/shiru/高島地区は、長崎港の南西約14.5キロメートルの洋上に浮かぶ高島をはじめ、端島(軍艦島)、中ノ島、飛島の4つの島からなり、現在高島だけが有人島(400人弱)です。町の総面積は、4つの島を合わせて1.34平方キロメートルで長崎市と合併する前は、日本で一番小さな町でした。かつて高島は、端島とともに炭鉱で栄えた町で、かのトーマス・グラバーも佐賀藩との炭坑事業の共同開発・経営のためこの島を訪れました。高島炭坑と 端島炭坑は最先端の設備を次々に導入して出炭量を増やし、日本の近代化を支えてきました。石炭採掘最盛期には高島端島合わせて約2.2万人が住み、島には高層アパートが建ち並んでいましたが、燃料の主役が石油に代わり昭和49(1974)年に端島炭坑が閉山し、高島炭坑も昭和 61(1986)年に閉山しました。現在の高島は美しい海を活かした島おこしを行っており、飛島磯釣り公園やシュノーケリングが体験できる人工海水浴場を整備、魅力ある町づくりに取り組んでいます。行き方は五島等へのフェリーも出る大波止ターミナルから、コバルトクイーン号(定員268名、図5)というのに乗ります(要時刻確認、5:50~21:05に9便。片道1020円、予約できず)、伊王島によっておおよそ35分で着きます。高島のフェリーが港に着いたら赤い循環バスに乗って下さい。100円均一7:28~19:53に17便運転します。おおよそ3分の本町バス停で下車、すぐ目の前が世界遺産の「北渓井坑(ほっけいせいこう)跡」(図6)です。明治2年の着炭からわずか7年間の操業ですが、全くのひろっぱですが、説明パネルもあり、だいたいガイドの方がいて丁寧に説明してくれます。日本で始めて蒸気機関を使い、地上から真下に43mの竪坑から採炭したことが遺産登録となりました。そこから海の方に3分も歩くと、海を臨むこんもりした丘が「グラバー別邸跡」(図7)に行くことができます。長崎市内山手のグラバー園のグラバーが別荘として滞在した場所です。なおこの当たりの側溝が三角形をしている部分に注目します。これが「三角溝」(図8)で、二枚の石板を102度の角度で組み合わせたV字型の溝で、鎖国時代にオランダと交易のあった長崎や平戸に多く見られ、通称「オランダ式側溝」と呼ばれます。少し港側に戻りますと南洋井坑、尾浜坑という明治時代に採掘した場所があります。近づける場所では、昭和になって開削された「仲山新坑」が海底に向けて掘り進んでいった坑口です。島の西側からはもう一つの世界遺産「端島(軍艦島)」が間近に見れます、残念ながらバスは経由しませんが、電気レンタカー、レンタサイクルも港の案内所で借りれます。港からすぐの「高島石炭資料館」(図9)は、入場無料の見ごたえのある施設です。まず入口の操業しているときの軍艦島模型がお迎えです。次いで室内ですが、職員はおりませんので、自分で電気をつけて入って下さい。一階には三菱の創業や掘った石炭、保安用具(図10)二階には島の生活(図11)、世界遺産「北渓井坑」コーナーがあります。一方通行なので一階を見終わったら電気を消してください、出口は二階です。港の食堂などで島特産のひらめの料理(図12)を食することができます。

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図8三角溝

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図9高島石炭資料館

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図10資料館1F

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図11資料館2F

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図12ひらめのトルコライス

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図13高島猫ヌルハチ

よかね?オイは友達のヌルハチにおーておったとばいよ。彼は尾曲りばい。次いで野母崎に来るけん。祖母がアメリカ生まれてゆう、ルーシーがおるけん。
その①
長崎駅前南口バス停から長崎バスで「樺島行き」「岬木場行き」乗車、国道499号線に沿って「運動公園前」バス停まで約60分かかります。自家用車では40分ほどでしょうか?途中右側の窓際に坐ると海がよく見えます。やがて軍艦島が見えるようになると、旧野母崎町(図14)です。のもざき水仙まつり(図15、軍艦島がよく見えます)のときは、すごいきれいなところです。軍艦島クルージングは前述5社の他に野母崎の海の健康村桟橋から「アイランド号」があり、わずか15分弱で行くことができます。船酔いが激しくて、少しでもクルーズ時間を減らしたい人にはおすすめですが、船は小さく20人ちょっとしか乗れないが玉に瑕。貸切にすると1人当たりの運賃が最安値で3150円になります。ガイドさんは本業は漁師とのことで、釣りをしたい方もおすすめです。 バスを運動公園前で下車するとすぐに「軍艦島資料館」(図16、年末年始のみ閉館、9:00~17:00、一般200円、小中学生100円)があります。市長ご来館の上、本年7月16 日リニューアルオープンしました。平成14(2003)年に開館し、地元商工会が運営してきましたが、昨年7月の世界遺産登録後、来館者が急増、約5万人が来館。商工会では対応が難しくなってきたため、市が運営を引き継ぎ、元の資料館の近くの旧福祉保健センターの1階フロアを改修しました。炭坑での作業の様子(図17)や、島の暮らしの様子を写真パネルで紹介。住民が使っていた当時の生活用品も展示(図18)しています。一緒に展示してある黒い石はボタなので、JCOALより石炭燃料セットを寄贈しております。また炭坑が稼動していた当時の模型は見事(図19)で、映像説明もわかりやすいのでご覧下さい。おもしろかったのは、軍艦島をロケ地として映画(図20)で、「進撃の巨人」などが解説されておりました。周囲は市民プールもあり、自然科学展示も少々期待したいところ。注目点は記念スタンプ(図21)、両手でもたないと押せません。

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図14野母崎地区案内板

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図15スイセンの里公園

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図16軍艦島資料館

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図17炭坑での作業の様子

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図18当時の生活用品

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図19稼動当時の島の模型

ほんは野母崎炭酸温泉Alega軍艦島(旧野母崎海の健康村)に泊まりたかところばいばってん、明日は池島けん、残念ながら今回は長崎市外に戻っとけん。今晩はちゃんぽんばたぶっとのことばいばってん、デザートに「尾曲猫の長崎銘菓クルス」(図21)ば頼む4けん。こいはオイたち尾曲り猫が長崎ん路面電車に乗る柄ばい。路面電車は一回120円でどこまでん乗れるけん。あすは池島げなが、遠いけんで知り合いの猫団体に伝言してあっけん、港に着いたら三毛猫「あすみ」に案内してもらうとよか。

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図20映画ロケ地説明

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図21記念スタンプコーナーー

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図22「尾曲猫の長崎銘菓クルス」

その②
池島には神浦(こうのうら)港、大瀬戸港、佐世保港のいずれかから船に乗っていただく必要があります。佐世保港から来るのが一番楽ですが一日2便しか船が出ておらず、神浦港の船は小さいため大瀬戸港から船に乗るのが一番確実です。運行スジュールは http://ikeshimakankou.tumblr.com/shipです。瀬戸港からは6:10~18:08まで、神浦港からは7:05~17:35までそれぞれ7便ずつ出ています。長崎方面からどう移動するかというと、やはり自家用車(レンタカー)が一番便利です。神浦港には無料駐車場が、瀬戸港にも市営駐車場(最大600円)ありますのでフェリーで島まで渡る必要はないでしょう。バスで行く場合、長崎駅→桜の里ターミナル(「桜の里ターミナル行き」のバスに乗って終点乗り換え→NTT大瀬戸(「板の浦行き」のバスに乗って下さい)時間は3時間程度みてください。 時間によっては長崎駅前から神の浦まで直通のバスも出ています。バスの時刻表に関しては、長崎バスで最新の時刻を確認ください。今回行おうとする石炭ビジットは予約が必要です。午前の部と午後の部がありますが、午前の方がゆっくりできます。申込先は、

< インターネットでの場合 >  < TEL・FAXでの場合 > 
(社)長崎国際観光コンベンション協会 長崎市池島炭鉱体験施設指定管理者
〒850-0862 長崎市出島町1-1 三井松島リソーシス(株)
TEL:095-811-0369 池島炭鉱さるく係 〒857-0071 長崎市池島町1522-2
ホームページ TEL:0959-26-0888 FAX:0959-26-2766

"さるく"とは、まちをぶらぶら歩くという意味の長崎弁です。特製マップ片手に自由に歩く長崎遊さるく、さるくガイドの説明を聞きながら歩く長崎通さるく、専門家による講座や体験を通してさらに深く探求する長崎学さるくという「遊」「通」「学」3つのアプローチがあるそうです。今回はその中の一つ「学さるく」です。いまでは「猫さくる」も募集中です。

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図23 ながさきサンセットロード

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長崎市内から辿る国道202号線は長崎県庁前から佐世保、唐津を経て福岡までの非常に表情の変化する道で、今回利用する区間は前日の499号線とあわせ「ながさきサンセットロード」(図23)として日没がきれいなコースです。ですが池島の午前コースを利用するとなると瀬戸港10:15頃のフェリーに乗らざるが得ず、余裕を見て8:00には長崎市街を出たほうがよいです。浦上経由あるいは、川平道路経由でも時津に出てから外海・大瀬戸方面に曲がります。やがて左に海が見えるとアップダウンの行程となり三重みなと公園、永田浜を過ぎたあたりから、長崎方面では道路右手に注目です。「黒崎教会」(図24)が道路の上に見えると「外海(そとめ)地区」に入ります。大正9(1920)年にヨハネ・コンパス司教により献堂されたこの教会は文化財にとの呼び声も高く、遠藤周作の小説「沈黙」の舞台となった教会です。教会の上すぐのところにあるのが「道の駅夕陽が丘そとめ」(図25)で、ご自分で運転されてきた場合には、この当たりで休憩するといいでしょう。海側を見て下さい。北西側に目指す池島が見えます。また下には「遠藤周作文学館」があるので帰りに寄りましょう。東側には「出津文化村」が見下ろせます。時間があれば特産「ド・ロ様パスタ」(図26)を食したいところですが、お持ち帰りを入手して先を急ぎます。更にアップダウンの追い越し禁止区間が続くので時間に余裕を見ないといけません。やがてバスで向かった場合の終点の神浦港が見えます。ここからも池島に行けますが、定員が限られているので、通常は202号線を更に西海市に入り、瀬戸港まで行きます。レンタカーの場合は右手にある第一か第二の市営駐車場に車を入れて(大)瀬戸港到着です。なお言い忘れましたが、お弁当など必要な場合、店内の商店は日曜は閉店していますので、大瀬戸側で調達しておく必要があります。大瀬戸の港で池島の地図が入手できるので、フェリー乗船前や最中に見ておくといいでしょう。なお船は隣の松島と共通運用しておりますので、必ずどちら行きか確認して下さい。

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図24黒崎教会

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図25「道の駅夕陽が丘そとめ」より池島方面を望む

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図26ド・ロ様パスタ

池島行きフェリーは出航すると右手に松島(JPOWER発電所の煙突が見えます)を見ながら、30分ほどして池島港に到着です。かつて池島港は、龍神が住むと言い伝えがあり神功皇后も立ちよられたという「鏡ヶ池」と呼ばれる周長1.2kmもの大きな池でした(「池島」という名前はこの大きな池があったことから 取られています)。炭鉱開発が進み港の整備が必要となり、昭和30(1955)年に切開工事を行い、池島港を作ったそうです。閉山前は5000tクラスの石炭運搬船が毎日のように出入りしていたそうですが、現在の池島港に接岸するのは地域交通船と、釣り船などとなっています。入港接岸前にこの石炭積込みの設備跡が見えます。フェリーを降りて前の切符売り場待合室で入ろうとすると「猫が入りますので、必ず戸は閉めてください」の表示が。「あすみ」さんを探しましたら、お昼寝中でした。起すと悪いので、まずは「三井松島リソーシス」の人に従って行きます。

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図27池島行きフェリーかしま

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図28フェリーより眺めた池島

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図29池島港より見える旧炭積設備

港から市営住宅の横を300mほど歩き、開発総合センター(図32)に到着です。お昼寝していなければ、猫が多く出迎えてくれるようです。あすみさんのお友達「甚平さん」にお会いしましたので、前日野母崎のルーシーさんからことづかった煮干を渡しておきました。何でも池島の人口は今150人に対し猫は300匹とか。昭和34(1959)年から出炭が始まり、昭和45(1970)年の最盛期においては、人口が7700人にまで膨れ上がったけれども、平成12(2001)年の閉鉱時には約2700人。甚平さんが生まれる前のことだそうで。人々が池島を去るにあたっては、外飼いの猫さんはそのまま放置され、端島(軍艦島)のような一斉離島ではなかったので、残った人々が細々と世話しているうちに猫さんたちは次々に子を産み、結果として数年前から、増えすぎて地域問題化しているそうです。甚平さんもそうですが、「地域猫」として世話されている証-耳カットがあり、仲間と分けあっておくといってました。

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図30港にある池島案内図

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図31お昼寝中の池島猫のあすみさん

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図32池島開発総合センター

集合は島内唯一の商店前の「池島開発総合センター」に午前コース10:45、午後14:15です。ここで点呼と集金(高校生以上2680円、小中学生半額、図36の記念乗車証がもらえます、午前コースの場合午後島内見学の2時間オプションコースがあります)です。午前コースの場合、まず「池島の新たな出発」という20分ほどのビデオを見ます。その後別室で早い昼食となりますが、事前に予約しておくと「炭鉱弁当」(図33)を食することができるそうです。今回はお弁当屋さんが休みで残念ながら味わうことができませんでした。さて12時くらいになるといよいよ装備を身につけます。ヘルメットにヘッドライトを装着して、バッテリリュックを背負い(図34)その気になってきます。言い忘れましたが、見学に当たり女性はハイヒールやミニスカートは避けてください。また坑内は足元が悪いので、汚れてもいい靴を履いてきて下さい。それから内部にはトイレがないので、出発前に必ず済ましておいて下さいとのことです。今回は男女各5名ずつお子さんが4人の合計14名のグループとなりました。それでは出発です。

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図33炭坑弁当

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図34入坑準備

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図35トロッコ電車乗車準備

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図36トロッコ電車乗車証明書

開発センターから徒歩1分ほどのところにあるテントハウスがトロッコ電車の乗車位置です(図34)。前方にかつての「火力発電所」が見えます。電気の他に海水を浄化して淡水を製造していたそうです。テントハウスの横には、風化にも強いという「塊炭」が展示されております。まずは電車の前で記念撮影などして、大人2人組でシートに着席、チェーンを締めて、笛の合図で出発です。300mほど外を走った後、いよいよ坑内へ。その前にヘルメットのライトを点灯させておきます。更に坑内を300mほど走って出口が見えなくなった場所で下車です。坑内はじめは夏涼しく、冬暖かい場所でしたが、切り羽は40℃以上の高温多湿だとか。こころなしか眼鏡が曇ります。

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図37トロッコ電車での移動

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図38保安用具の説明

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図39インドネシア語による表示

まずはここで昭和27(1952)年ごろからの池島炭鉱の歴史が説明されます。更に徒歩で内部に進みますが、注意の掲示にインドネシア語が!10年前まで行っていた海外研修の設備がそのままあります。実際の石炭切り羽は遠い上、危険なため、この当たりで初級の削岩実習をしたそうです。金属性のつるはしは火花が出るので使えないことなど学びます。石炭を用いた穿孔体験をお子さん相手にしてもらいます。また動くカットローダの見本で実際の採掘状況を推察することができます。石炭の感触、坑内の温度湿度は体験してみないとわからず、参加者全員が感動しておりました。

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図40実際の石炭を使った削岩体験

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図41退避室設備説明

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図42カットローダの模型

削岩体験でのマスク装着は勿論、ダイナマイトの管理、メタン対応等安全を保つ「保安」の大事さが強調された後、斜坑出口の見えるところに出ます。実際海底下まで掘り進んでいた場所です。ここまで70分以上坑内に滞在しておりました。またトロッコ電車に乗って坑外へ。かつて父親が三池炭坑で働いていたという60代の福岡市在住のご夫婦は、自分たちの生活資金がこのような採掘で成り立っていたのかと、感慨ぶかげでした。今回の参加者は、皆北部九州から来ておられました。なおオプショナルツアーでは第一竪坑跡(図44)の訪問など軍艦島では消えてしまった採炭設備を見ることができます。ただ石炭を掘ることの実感はできましたが、そもそも石炭を見たことがなかったお子さんになぜここが炭田になっているのか?石炭はどういう価値があって命がけで採掘したのかが???とのことでした。

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図42小学生の揮毫

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図43斜坑出口を内部から見る

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図44第一竪坑外観

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図45「道の駅夕陽が丘そとめ」より出津集落を望む

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図46こども博物館の池島石炭説明

その③
そのお子さんの疑問に答えるのが「出津(しつ)文化村」(図47)内にある、「外海こども博物館」(図46、月曜休館9:00~17:00、入館料150円)がそうです。この文化村は駐車場がないので「外海歴史民俗資料館」に止めて徒歩でお願いします。入口に生物と人間の進化(図47)、中に入ると外海の自然と生活が、次いで池島の石炭と人の係りが系統だって並べられています。が低学年のお子さんはこれらを通過して、滑車の仕組み、水圧の体験にまっしぐらのようです。これらはド・ロ神父の利用したメカニズムです。世界とのつながりも留意され「ふれて、動かして、ためして、創って、楽しく学び、心のふれあいを求め、神秘な自然、ふしぎな宇宙、身近な科学の世界を探る大きな夢をもつ博物館」を実践していることがわかります。近くには重要文化財の「出津教会」、重要文化的景観「石積集落景観」もあり、それがこの当たりの石材、気候に関係することはいずれまた説明する機会があるでしょう。

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図47外海子ども博物館

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図48博物館入口

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図49石炭ってなあに

2011年生まれのあすみも石炭が何なとかは知らんげなばい。そうばってんかそんお子さんの疑問に答えらるっ施設が近くにあると便利だけん。猫には無理かも知れんばってんが、人間のお子さんには適切では?デ・ロ神父のことや市科学館等、まぁだ長崎には見るべきもとがいっぱいあるばってん、そん紹介はまた。

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