石炭について学ぶ

石炭の歴史

1.石炭の誕生

石炭紀(345百万年前から280百万年前まで)の森林にはシダ植物の巨木が生い茂っていたと考えられています。その代表的な植物は、レピドデンドロン(Lepidodendron)で、高さ30m、直径2mもありました。
これらの植物は、造山時代のように、地表のはげしい隆起運動によって、深く土にうもれ、酸素とほとんど触れることなく、腐らずにそのまま石炭(化石)になったものもありますが、湿気の多い大森林を形成していた植物の残骸が腐って、泥炭をつくり、やがて石炭層に変化したものもあります。

2.石炭利用のはじまり

ギリシャでは、紀元前4000年頃、すでに鍛冶屋の燃料として利用されていました。中国では、紀元前3000年頃には、陶器造りの燃料として利用されました。日本では、紀元前189年に、神功皇后が、今の福岡県で、「燃える石を焚いて御衣を乾かした」との伝説があります。歴史に残っている記述では、587年、越後の国から天智天皇へ、「燃える水(石油)と燃える石(石炭)の献上」があります。
日本における本格的な石炭の生産・利用については、三池炭鉱大ノ浦の開発が1855年に開始されていますし、1868年(明治元年)には、機械化された高島炭鉱が開鉱しました。出炭統計は、1874年(明治7年)の21万トンで始まっています。

3.石炭の時代(産業革命から第2次世界大戦)

1709年、ダービーがコークスを原料とする製鉄炉を発明し、木炭で制約を受けていた製鉄所は、石炭で大規模化の道を歩みはじめることになりました。1769年、ジェームス・ワットによる蒸気機関の発明は石炭を燃料とする動力革命をもたらしました。この蒸気機関を利用して、フルトンは汽船を運航し、スチーブンソンは蒸気機関車ロケット号を走らせたのです。
紡績などの機械工業の急速な発展、鉄道や汽船による輸送手段の発達、これらの素材としての鉄鋼業の大規模化、そして、これらの燃料や原料として石炭の大量生産・大量消費へと進んで行きました。第2次世界大戦の直前には、石炭は世界のエネルギー源の約80%を占めるまでに拡大し、まさに「石炭の時代」となりました。

4.石炭から石油へ(第2次世界大戦から石油危機)

第2次世界大戦が始まると、「石油の時代」がやって来ました。石油は液体であるため、輸送や貯蔵に便利なうえ、1950年代には、中東やアフリカで相次いで大油田が発見されたこともあって、エネルギーの主役は石炭から石油へと移って行きました。いわゆる"流体革命"です。大量に安く供給された石油は、各種交通機関、暖房、火力発電などの燃料として、また石油化学製品の原料として、飛躍的に消費量が増えていきました。しかし、1973年と1979年に発生した2度の"オイルショック"によって、石油という単一のエネルギーに、あまりにも頼りすぎたことによる問題も認識されるようになりました。

5.石油から「ベストミックス」へ(石油危機から現在)

石油、天然ガス資源は石炭に比べて、豊富であるとは言えません。太陽エネルギーや風力など、クリーンで再生可能なさまざまな「新エネルギー」の開発が進められていますが、まだまだ規模も小さく、コスト高であり、巨大な我が国経済を支えるレベルとは言えません。
エネルギー供給構造の脆弱な我が国としては、エネルギーの安定供給を維持して行くために、2030年においても、石炭は、石油や天然ガス、原子力、新エネルギーと共に、エネルギーの「ベストミックス」を構成する重要な一次エネルギーとして位置付けられています。

6.環境の時代に向けて(クリーン・コール・テクノロジーの展開)

発展途上国を中心として埋蔵量の多い石炭は需要が急激に増加しています。従って、地球温暖化や酸性雨などのグローバルな環境問題に対応し、効率的な石炭の利用を更に進めて行かなければなりません。
石炭利用分野の技術革新によってこそ、エネルギーの安定供給と持続的な経済成長、グローバルな環境の改善がもたらされることになるのです。21世紀は「環境の時代」です。「経済と環境が両立する世界」を目指してクリーン・コール・テクノロジーの開発に努力して行くことが求められています。


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